第3回全体セッションレポート(2023年度3月13日開催)
「食のサステナビリティ」

国際的には戦争などの不安な情勢があり、日本としても不況やデフレ、円安などで食糧不安が続いています。そんな中、日本政府は「みどりの食料システム戦略」を策定し、2050年に向けて農林水産業のCO2ゼロエミッションの実現を目指しています。
食は人類に不可欠のものであり、農業を含む食のバリューチェーンは川上から川下まで長く、関連する企業も少なくありません。にも関わらず、食品産業への新たな企業の参入は極めて難しいのが現状です。

しかし、農業にも食にも関係のない新たな企業が、新たな発想で事業機会を見出すことが、新たな食品産業を生み出すはずです。自社事業をどのように「食料システム戦略」に組み込んでいくかが、企業の新たなテーマとなると考えます。

今回のセッションでは、国の最新動向とともに、持続可能な食料システムの実現に取り組む民間のプレイヤーの活動についてご紹介しました。


「食品産業をめぐる情勢及び持続可能な食料システムの実現について」
木村 崇之 様
農林水産省 新事業・食品産業部企画グループ グループ長

木村氏は農水省、新事業・食品産業部企画グループにおいて、食品の価格問題に総合的に取り組んでいます。
冒頭、「日本は30年に及ぶデフレを脱却し、物価が上昇する局面に入りました。食品もまた値上げしているが、これが単なる値上げではなく価値も高めるものでなければならなりません。また、消費者もそれを理解して、対価として払うという関係性を構築する必要があります」と、現状の食品価格の問題を指摘します。

 製造、流通、外食を含む食品作業の経済規模は91.1兆円でGDPの8.8%に相当します。就業者も753万人と製造業、卸売・小売業に次ぐ数で日本にとって極めて重要な産業となりますが、今後2050年までに人口の20%減少にともなって国内市場が大きく縮小すること、就業者の高齢化・減少、そして労働生産性の低さなどが大きな課題となっています。
特に労働生産性の低さは著しく、食品製造業は、その他の製造業の61%程度の労働生産性しかないと言われています。農林水産物・食品の海外輸出額の40%が加工品であり、輸出の面でも労働生産性の向上は重要な課題と言えます。
「今後、世界的には人口の30%増加し、海外市場の拡大が見込まれるため、そこにいかに国内の食品産業のビジネスリソースを振り向けていくかが大きな方向性です。また、食品産業の98%以上を占める中小企業の労働生産性をどう高めていくかが、業界全体で取り組むべき課題だと認識しています。」


 こうした状況を背景に、政府では「食品産業の持続的な発展に向けた検討会」を設置しました。業界団体、大企業からスタートアップまで幅広いメンバーで構成されており、食品業界全体共通の問題意識と検討事項を整理しています。2023年8月の会合の後、「食料安全保障」「環境等配慮」「人口減少社会」3つのプロジェクトチームを立ち上げ、さらに詳しく情勢を整理し、検討項目を抽出したといいます。

 例えば情勢の整理では、対外的には、国際的に環境に関連した非財務情報の開示の義務化が進んでいること、食品産業においても人権に配慮した企業活動が必須となりつつあることなどが取り上げられています。国内問題としては労働生産性と付加価値の向上や、労働力確保、事業継承、物流などが問題として挙げられます。また、国内外双方にまたがる問題として原材料の安定調達が大きな課題となっているといいます。
 今後は、国際的な性格の強いものについては、国として対応方針を示し、イニシアチブをとってルール形成を進めること、また、個社では対応できないため、評価形成も含め、国が旗振り役となって主導的に進めたいとしています。国内問題についても、同様に業界全体での取り組みが必要となるため、「国が一定の関与をしつつ、企業が協調して取り組める体制をつくりたい」と話し、「とはいえ、アプローチの検討はまだまだたたき台というレベル。予算化するのか、制度化するのかさらに議論を深めたいと考えている。ぜひ皆さまからもご意見をお寄せいただきたい」と参加者に呼びかけました。

 もうひとつ大きな問題が、冒頭でも挙げられた「価格」です。この2、3年の食品の物価指数は著しく上昇しています。その一方で、食料生産に必要な農業資材の価格が高騰しているにも関わらず、それが農産物の販売価格に反映されていません。つまり「日本の食品産業では適切な価格形成、価格転嫁ができていない」ということになります。


そこで政府では食品産業の川上から川下までのステークホルダー、有識者らによる「適正な価格形成に関する協議会」を設置し、協議を開始しました。
 「まだ端緒についたばかりで途中計画の報告となりますが」と前置きしたうえで木村氏は、消費者理解と、各ステークホルダーが協調することがポイントになると指摘します。

「そもそも産業の各ステークホルダーはどちらか一方が利益を得ればもう一方が損をするという構造で議論のためには協調が必須。また、食料は最終的に消費者に購入してもらわなければ意味がない。価格転嫁について消費者に理解をしていただくことが大原則です。」
 検討会では飲用牛乳、卵、納豆を対象としたワーキンググループを設置し具体的な検討を開始しており、今後さらに議論を深めていくということです。

 そして最後に、2024年1月からの国会において「食料・農業・農村基本法」改正案が提出されたことに触れ、「食料安全保障の確保」が盛り込まれ、初めて「食料システム」という概念が定義されたことなどを紹介いただきました。

「食品産業の健全な発展も法で位置付けられ、産業の持続的な発展に向けて取り組めるようになります。また、食料システムという概念のもと、生産から消費まで全体で取り組めるようなることも、今回の改正のポイントです。」と木村氏は述べ、講演を締めくくりました。

「地域からみる農業の課題と未来に向けたCSVの可能性」
冨山 道郎 様 (株式会社冨山 代表取締役会長) 

当機構の会員企業でもある株式会社冨山は、新潟県で農産物の卸売・小売、海外販売、農業資材の販売、農家コンサルティング、スマート農業関連事業など多様な事業を展開しており「農に関わるトータルソリューションカンパニー」を目指す企業です。
垂直統合型のビジネススキームを構築し「生産者がいきいきと輝き、持続可能な農業が成立している『アグリトピア』の実現」をミッションに掲げています。講演では、農業と農業周辺に幅広く関わる立場から、農業の現状と問題を詳しく語ってくださいました。

農業の課題として、冨山会長は農家の高齢化、後継者・担い手不足の問題から、資材費の高騰、大規模化のスケールメリットの欠如、価格決定権がないことなどの経営面の問題まで、多岐にわたる15項目を挙げられました。

そのうえで、日本人の米食離れなど食生活の変化を指摘し「需要の減少は、従事者減、作付面積の減少、耕作放棄地の増加などに伴う供給の減少と見合っているか」といった派生的な問題にも目を向けています。農業従事者は2040年までに、2000年比でわずか1/8の30万人に減少すると見られ、日本の農業は外国人労働者抜きには成立しなくなっていますが、「技能実習制度自体が変わりつつあり、日本に来る労働者は減っています。そのうえ新潟のように水稲中心の地域では外国人労働者は雇えないという状況もあるのです。」と、さまざまな角度から問題を検証していることが説明されました。

 このような現状の中で、政府は「みどりの食料システム戦略」を打ち出し、スマート化などによる二酸化炭素の排出量の低減、2030年までに化学農薬の10%低減、化学肥料の20%低減、そして有機農業の割合を25%に拡大することなどを目標に設定しているということです。その一方で、円安やウクライナ戦争などの影響で、農業資材、肥料、燃油等は高騰しており、2020年の調査で43.8%の農業法人が赤字経営、64.2%が「資金繰りが苦しい」と話し、倒産の増加も危惧されているといいます。

 そもそも、「農業は常にギリギリ」の経営を強いられているのだと冨山会長は言います。

「損益分岐点比率で見ると、一般の建設業が78.2%、製造業が85.1%のところ、施設野菜は104.6%、果樹は98.3%、露地野菜でも95.6%。これはつまり、経営ギリギリ、今の農作物価格では経営成り立ちませんよ、ということを意味します。」

 健全な経営の目安のひとつである自己資本比率で見ても、稲作25.4%はまだしも、露地野菜14.6%は極めて低く、施設野菜に至っては-2.6%と到底健全とは言い難い状況であるといいます。冨山会長が「リアルな、生の実態」と紹介した、新潟県内の農家の青色申告書や管理費内訳書、原価報告書などの財務関連の書類で見ても、いずれも経営は苦しく、純利も決して多くはなく、厳しい農家の実態が浮き彫りになっています。その理由はさまざまですが、価格の決定権がなく、農産品を高く売ることができないことや、経営感覚を持つ農家が少ないことなどを指摘します。

「新潟県産コシヒカリは、茶碗1杯たったの67円でしかありません。コーヒー1杯500円、ラーメン1杯800円から1000円という世の中で、いかに農産物が安く売られているかがお分かりいただけるかと思います。高く売ることも必要だし、生産性を高めることも重要と考えています。」

 そして持続可能な農業の実現のためには、「ワンオペ農業」「スマート農業」「外国人労働者の確保」「農地の集約」といった生産性の向上の取り組みのほか、国の支援の有効活用も重要だとお話され、特に大規模とは言えない10ヘクタール程度の農家への支援策の拡充が必要だと指摘します。

「実は農業・農村の多面的機能を維持していくためには、働きながら農業をする10ヘクタール程度の兼業農家を維持していくことが重要になります。これくらいの規模が一番金回りも良く、さまざまな活動にも取り組みやすいといえるのです。」

 また、農産物の価格について消費者の理解を促すことも重要だと指摘するとともに、改めて農家側も経営感覚を持って、農業に取り組む必要があることも強く主張されていました。

さいごに、持続可能な農業の実現には、官民一体となって取り組む必要があると訴えます。
「持続可能な農業、これこそCSVであると認識しているが、その実現は一人、一社では難しい。行政、民間、農家が一体となって推進していかなければならないものだと考えています。」

「ICT企業の強みを生かした水産業の課題解決」
 山本 圭一 様
 (NTTコミュニケーションズ株式会社 ソリューション&マーケティング本部
  ソリューションコンサルティング部 地域協創推進部門 第二グループ 担当部長)

NTTコミュニケーションズの山本氏からは、東日本大震災の復興支援で開発された「ICTブイ」に始まる水産業支援、課題解決の事業についてお話しいただきました。

 2011年12月、山本氏はNTTドコモの東北復興新生支援室のリーダーとして赴任しました。2年間は通常の支援活動に従事していましたが、2013年に改めて活動方針を策定、「事業活動を通じた被災地の社会課題解決」を掲げ、活動をリニューアルします。地元住民らとのコミュニケーションからニーズや課題を吸い上げ、イシュー設定、仮説立案、そしてPoCをぐるぐると繰り返し被災地の課題解決に資する事業の開発に取り組む事業に着手します。その中で山本氏が特に注力したのが当時「水産業+d」と呼ばれた、ICTを活用した水産業支援、スマート水産業ソリューションの事業でした。

「東松島市は海苔の養殖が行われていましたがあまり知られておらず、復興支援としてそのブランディングなどに協力していたそうです。しかし、ある日そっちじゃなくてドコモの電波を使って、海の状態をスマホで確認できる仕組みを作れないか、と言われたことをきっかけに『ICTブイ』の開発が始まったといいます。

 というのも、震災後、それまでの漁師としての経験と勘が通用しなくなってしまったことが問題の根底にあります。ICTブイは非常にシンプルなサービスで、ブイにセンサーと通信装置をつけて自動で定期的にクラウドにデータをアップするというもの。「欲しい情報はこれだ」とか「UIはこういうものがほしい」、と漁師さんと直接やり取りしながら作ったサービスのため、非常に評判が良く、またたく間に噂が広がり現在では約100台が全国で稼働中とのことです。シンプルなシステムだけに汎用性が高く、海苔のような無給餌養殖のほか、陸上養殖での利用も増加、その後定置網でも利用されるようになっています。養殖業における作業の適時性、効率性の向上、さらには作業の正確性の支援などの使い方もあります。例えば、マダイの養殖では一定のサイズに成長したら生け簀を分ける「分養」という作業について、これまでは、人間の目と経験で分けていたが、8万尾を分けてみたら3万尾と5万尾ということもありました。しかし、超音波による自動計測装置を搭載したICTブイなら、4万尾と4万尾にしっかり分けることができます。
このようにニーズに応じて搭載するセンサーや機器を変えるため、さまざまな企業との協業が必要となり、ビジネスパートナーが増えていったといいます。

「全国各地の水産業を回っていると当然一社では解決できない問題ばかり。さまざまなビジネスパートナーと一緒に課題を解決し、スマート水産業に取り組むようになりました。」

 2022年からは、ドコモグループの組織改編に伴い、山本氏もNTTコミュニケーションズに異動。グループ全体でSDGsをベースにした活動方針を策定し、山本氏も「安心と幸せに満ちた、活力ある『Smart Comfortable地域社会』を創造する」をミッションとした「ドコモビジネス」のBIで活動することになり、地域の水産業支援を加速させています。

「日本の水産業は衰退傾向にありますが世界的には成長産業で、しかも養殖がメインになりつつあります。日本の食料安全保障、食料自給率向上のため、また、来る『タンパク質クライシス』に備えるためにも、日本の水産業の活性化は必須のものだと思っています。」

 その要となるが陸上養殖だとされ、全国で養殖事業が立ち上げられています。しかし、海面養殖に比べコストが高く、収益性に劣るため、山本氏は「より高度なイノベーションが必要とされており、そこにICTの活用が有効であると見ています。生存率、飼育密度、飼料効率等が収益性のベンチマークとなりますが、その最適化にICTが活躍できるのです。」と言います。
 そこで同社でも陸上養殖に注力するようになり、沖縄の高級魚アカジン(スジアラ)やキジハタ、アーラミーバイなどの陸上養殖を目指す紅仁社(あかじんしゃ)との共同研究を開始したそうです。紅仁社は通常とは異なる優れたろ過技術と陸上養殖技術を持っており、「普通、陸上養殖の現場は海臭い匂いがするものだが全然臭くない。水の透明度もものすごく高い」のだといいます。そこにICTブイをはじめとするNTTコミュニケーションズのICT技術を組み込んで、誰にでもできる低環境負荷で高品質な陸上養殖技術の確立を目指しているそうです。

 山本氏は最後に、次のように話し、今後さらに水産業を通じた地域活性化に取り組む意欲を示しました。

「水産業は多くの雇用を生み、関連事業への広がりもある。海・漁村の地域資源の価値や魅力を活用する地域活性化の取り組みは『海業』と呼ばれ、観光資源にもなります。この陸上養殖をフックに、海業を起こし、新たな地域創生のビジネスモデルを構築したいとい考えています。」(終)